教師の仕事の喜びは、子ども達の笑顔を見ることである。

 「先生、うちの子の爪かみが気になっています。どうしたらいいですか。」

 2年生を担任したときの話です。
 
 Aさんは、最近、爪かみが始まったようで、お母さんから何度注意を受けても爪をかんでしまうそうです。学校では、あまり気にならない程度でしたが、家では爪かみが悪化していたようでした。

 お母さんは、Aさんに爪かみを止めるように伝えましたが、なかなか直らず、お母さんも爪かみを止めさせるために必死になっていきました。

 「爪かみが、なおるまで、お菓子を食べたらダメ。」
 「爪かみが、なおるまで、放課後、友達を遊んではダメ。」
 「爪かみが、なおるまで、何も買ってあげない。」

 など、お母さんからのAさんへの禁止事項も増えていきました。

 しかしながら、どれをやってもAさんは爪かみを止めることができませんでした。

 お母さんからも私に相談をしてくれて、昔、爪かみは親の愛情不足であるという話を聞いたことがあると、お母さんに大変失礼なことを言ってしまいました。

 もっと他に言い方はなかったのか、周りの先生方に必死に相談をしました。

 爪かみは何か刺激がほしくて噛む子がいるそうです。何か本人の精神的な圧力があり、指先からの刺激を感じることで心のバランスをとっている可能性があると教えてもらいました。

 Aさんにかかっている精神的な圧力とは何だろうか・・・・。
 私も、Aさんに何か気づかない間に圧力をかけているのではないかと考えました。

 そして、Aさん自身が爪かみを注意されることで、本人も止めたいと思っているのに止められない状況になっていることがあるので、周りが爪かみのことを注意するのは止めた方がいいとアドバイスを受けました。

 だから、私は学級において、Aさんが爪かみをしているところを発見しても注意はせず、どんな時に爪かみをしているのか、意識してやっているのか、無意識なのか、一日に何回するのか観察することにしました。

 焦らずにゆっくりAさんと関わっていくことにしました。

 そんなある日、AさんがBさんのピン止めを数日間もつけていることがありました。私は、日々子ども達の持ち物には目を光らせているので、何でAさんがBさんのピン止めを毎日つけているのか気になりました。

 そして、Bさんに尋ねてみました。すると、Bさんは泣きながら訴えてきました。
 「Aさんに返してとお願いしているのに、Aさんが返してくれません。」

 Aさんに話をきくと、最初は、「Bさんが使っていいと言ってくれから使っている。私は悪くない。」という主張でした。

Aさんの本当に分かってほしい気持ちが分かりますように・・・と祈りながら、Aさんの話を聞きました。

 すると、Aさんは、本当は、こんな風な可愛いピン止めをお母さんに買ってほしいと思っていました。しかし、お母さんに「買って。」と伝えると、「爪かみが止められないからダメ。」と言われるばかりだと、涙を流しながら話してくれました。

 「そんなつらい気持ちを抱えていたんだね。教えてくれてありがとう。」とAさんに伝えました。

 そして、Aさんはピン止めをBさんに返して謝りました。

 今後、この状況を放っておいたら、Aさんは欲しいと思ったものや友達のものを盗んでしまう子になってしまいます。ここは、すごく大事な瞬間だと思いました。

 また、私自身はAさんとの関わり方について問題はないのか自問自答を繰り返していました。

 そんな中で、ある日、私はAさんに対してあることに気づきました。

 Aさんは、日々の生活の中で、私が話をした直後に、よく何度も話を聞き返してきました。

 その度に、私は、同じ言葉ばかり言っていました。

 「Aさん、話は1回で聞いてください。何回、言ったら分かりますか。先生は1回しか言いません。」

 私の言葉を聞いて、Aさんはとても不安そうな表情を浮かべていました。
 Aさんの表情を見た時、「あ!この言葉かけがよくなかったのだ。」と気がつきました。
 
 話を聞き直す子どもの中には、話を聞いていないのではなく、失敗して怒られることへの不安が強くなっている場合があります。

 失敗への恐怖が、何度も聞き返すという行動に繋がっていると気づきました。

 そして、Aさんに「ごめんね。今の言い方は、本当にごめんなさい。失敗して怒られることが怖かったから、もう一度、聞いたんだよね。」と尋ねました。

 すると、Aさんは、ウンと大きく頷きました。

 「Aさん、これから分からないことは何度でも聞いてね。先生、その度に、きちんと教えるからね。困っていることがあったら何でも話してね。」と伝えると、安心した表情に変わっていきました
 
 そして、Aさんが「先生、爪かみを止めたいけど止められません。お母さんが、爪かみが直るまでデザートを食べたらいけないっていった。習字セットも買ってくれない。っていった。どうしたらいい分かりません。」と話してくれました。

 「Aさん、色々教えてくれてありがとう。先生、お母さんとゆっくり話をしてみるね。でも、一つだけ覚えていてほしいのは、お母さんはAさんのことが大事だから注意をしていると思うよ。お母さんにとって、Aさんはとっても大事な大切な存在なんだからね。」と伝えました。

 昔、私がした「いのちの授業」で保護者から子ども達への手紙を伝える場面がありました。その時、いつも怒られてばかりの男の子が、お母さんからの手紙を読んで、「先生、お母さんが怒るのは僕が大切だからだ!!って書いてありました。僕は嫌われているから怒られていると思っていました。」と喜びいっぱい教えてくれました。

 子ども達は何度も怒られていると、自分は嫌われていると思うのだと知りました。

 だから、Aさんにお母さんがAさんを大事に思っていることを伝えると、安心した表情で笑みを浮かべました。

 そして、お母さんと面談をしました。私のAさんへの関わり方で問題だったこと、Aさんの失敗への不安が強いこと、友達のピン止めのこと、など伝えました。

 Aさん自身が、爪かみを止めることができず苦しんでいること、爪かみが直るまで、自分からデザートを食べないようにしていること、ほしいものをほしいと言わないようにしていることなど、Aさんの本当の気持ちを伝えました。

 すると、お母さんが突然涙を流されて、

 「先生、この前、家族で外食に行ったんです。その時、Aが大すきなプリンを食べなかったからおかしいなと思っていました。私は、もうAの爪かみは直りそうにないので、様子をみようかなという気持ちになっていました。あの時、本当はAはプリンが食べたかったに違いない・・・。悪いことをしてしまった。」

 「爪かみのことで禁止されていることは、Aさんにとっては、まだ継続中だったのだと思います。お母さんが、もう長い目で見守っていこうと思われていること、Aさんに禁止したことを、もういいよ。と伝えない限り、Aさんはお母さんが大すきなので、お母さんとの約束をずっと守っていると思います。」と伝えました。

 「そうなんですね。今夜、ゆっくりAと話をしてみます。先生と話ができて、すっきりしました。ありがとうございました。」と帰って行かれました。

 次の日。
 Aさんは、靴箱から、笑顔いっぱい教室に入ってきました。

 「先生、昨日お母さんといっぱい話をしました。先生、お母さんが私が欲しいと思った習字セットを買ってっていいと言ってくれました。」と喜びいっぱい報告してくれました。

 Aさんの満面の天使のような笑顔を見たときに、本当によかったなぁ。と私の心も喜びでいっぱいになりました。子ども達のこんな笑顔をみることができる教師の仕事の幸せを感じました。

 教師の仕事の喜びは、子ども達の笑顔を見ること。

 子ども達の笑顔が見たい。これが教師の私の原動力になっています。

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