私にとって、教育とは「共育」です。
教師が、子どもたちと共に笑い、共に泣き、共に感動して、共に育つ。
私自身、教育に真剣に向き合い、必死で子どもたちと関わり、そんな中で、子どもたちから教えてもらったことがたくさんあります。
私が教師になったばかりのことです。
ある日、問題が起きました。
ある保護者の方から、大変怒られたのです。
保護者の意見としては、
「 先生のせいで、息子(Aくん)は野球の練習中に熱が出た。
先生が無理に水泳をさせたから熱が出たんだ。先生の指導が間違っていた。」
言われました。
私の言い分としてはいっぱいありましたが、、生徒指導の先生から、私が「でも~」と保護者に反論すると保護者と関係が悪化するから、まずは保護者の気持ちを聞くことに徹した方がいいとアドバイスを受けて対応をしました。
こんなに毎日、子どもたちのために一生懸命頑張っているのに・・・。
保護者に初めて怒られて、涙がこぼれてこぼれて苦しい気持ちでいっぱいでした。
私は、幼少の頃から、問題が降りかかると「人生の問題は、何か学ぶべきことがあって起きている。折角、今転んで痛い思いをしたのだから、地面のワラでも掴んで這い上がりなさい。そしたら、転んだ意味がある。」と言われて育ってきました。
今回、保護者に怒られ、教師として大きく転んでしまいました。
だからこそ、自分の指導のどこに問題があったのか、必死で考えました。
まずは、問題となった日のことを思い出しました。
昼休みに、Aくんが「先生、ちょっとキツいから5時間目の水泳は見学してもいいですか。」と言ってきたことから始まりました。
私は、Aくんに体調がキツいなら保健室にいくように伝えました。
Aくんは、私のアドバイスを無視して、保健室には行かず、教室で遊んでいました。
そして、またAくんが「先生、水泳はしたくない。でも、放課後の野球の練習は参加するから。」と言ってきました。
私は、「水泳ができなような状態なのに、野球はできるはずがない。」
と言いました。そして、保健室にも行かないし、本当は水泳が嫌で言っているのではないかと思いました。
そしたら、Aくんが「野球がしたいから、水泳をする。」と言って、水泳をすることなったのです。
そして、その日の放課後。
Aくんは野球の練習中に熱を出してしまった。という出来事でした。
Aくんにどう対応したらよかったのか考えました。
そして、Aくんが「体がキツい。」といったときのAくんの様子を振り返ってみました。 そこには、とても淋しい目をしたAくんがいました。
昼休みは、教師にとって学級事務ができる貴重な時間です。
教師の仕事に慣れない私は必死に学級事務と向き合っていたのです。
あの時、私はAくんの淋しそうな目に気付き、
「Aくん、大丈夫。熱はあるのかな。一緒に保健室に行こうか。」と
声をかけたらよかったなぁと反省しました。
私の失敗は、Aくんの心身に寄り添うことができなかったことでした。
子どもは、体調がキツいときほど、先生からの優しさや愛を欲しっているのに、私は、あの時、Aくんに業務的に接してしまいました。もっと、Aくんの気持ちを理解できたらよかったのに・・・。すごく失敗したと心から思いました。
そして、次の日。
Aくんに、「体調は大丈夫。熱が出て大変だったね。この前はごめんね。」と伝えました。
そしたら、Aくんがにっこり笑ってくれました。Aくんと気持ちがぐんと近くなったのを感じました。
私はAくんのおかげで、子どもたちが「体がキツい。」と言ってきたときは、何かのSOSであることを意識して関わるようになりました。そして、子どもたち心身に寄り添うことの大切さを学びました。
また、これからの教師人生、失敗したと思った時は、素直に謝ろうと心に決めました。私も一人の人間なので、いっぱい失敗して、子どもたちから教えてもらって、少しでも素晴らしい先生になれるように努力して行こうと思いました。
そして、AくんやAくんの保護者に、今回の件を通して、色々と教えてもらったことを感謝する気持ちが芽生えてきました。
その気持ちが通じたのか、それから何ヶ月後、参観日でAくんの保護者の方に会う機会がありました。
その時、保護者の方が「先生、あの時は、キツくいい過ぎて悪かったね。先生のおかげで、息子も楽しい学校生活を送れている。感謝している。」とおっしゃってくれ、私も笑顔いっぱい保護者の方と話ができました。保護者の方が、私への信頼を寄せてくれる感じがしました。天に昇るくらい嬉しい出来事でした。
この出来事を通して、子どもたちに真摯に向き合い、子どもたちとの信頼関係を築くことができたら、保護者の方とも良好な関係を築いていけると学びました。失敗したことが私の教師人生の宝となりました。
子どもから教えてもらい、私自身、教師として成長をしていくことの大切さを学びました。
私にとって教育とは「共育」であること。
これが、私の教師人生の原点となっています。
コメントを残す