私は小学校・中学校と、学校が嫌いな女の子でした。
日曜日の夜にサザエさんの曲が流れると、
「あ~。また、明日学校だなぁ。」と憂鬱な気持ちになっていました。
子ども時代の私にとって、学校は人生の全てでした。
だから、そんな学校が楽しい場所であってほしい。
教室は、先生の雰囲気でガラリと変わります。私の経験から、
「今日が楽しい。明日が待ち遠しい。」と思う子どもが増えたらいいな。と思いました。
また、学校嫌いの私を救ってくれた先生の存在もありました。
私は、その先生のように、子どもたちの気持ちを敏感に感じ取り、心の声に耳を傾け、
一人一人の心を救う先生になりたい・・・。と思い、教師を志望しました。
そのような理想の教師像を掲げて、教壇に立っていた時のことです。
ある女の子が、「先生、Aさんが先生のこと嫌い。」といっていました。
と教えてくれました。とってもショックでした。
心の中に、たくさんの動揺の嵐が吹き荒れて、頭の中が真っ白になってしまいました。
何で、Aさんは、そんなことを言ったんだろう。子どもから、初めて嫌いと言われた悲しみと、日々全力で全員の子どもたちと向き合っているのに・・・という様々な思いが溢れてきて、自分の心がいっぱいになりました。
そして、すごく落ち込んでいたけど、思い切って、Aさんに聞いてみました。
そしたら、「先生は、明るくて楽しいけど、私たちの悩みを聞いてくれません。」
またまた、ショックでした。
それは、子どもたちの悩みに寄り添いたいと思って、一人一人と交換ノートを作って、子どもたちと心の交流をしていたからです。必死に、一人一人とノートを通して対話していたからです。
だから、私はAさんに言いました。
「交換ノートをしているでしょう。悩みは聞いているつもりだけど・・・。」
それに対して、
「先生、本当に悩んでいることは、あんなノートには書けません。
隣のクラスの先生の方が、私たちの悩みを聞いてくれます。」
その言葉は、木刀で頭を叩かれたほど衝撃的で、物事の本質をとらえており、全ての言葉を失いました。
「本当の悩みは、あんなノートには書けない。」
その言葉が何度も何度も頭を駆け回り、全ての力を失った状態になりました。
あの日の、あの言葉は、今でも私の心に残っていて、あの時、見上げた運動場の青空は、今でも鮮明に浮かんできます。
私は、Aさんの言った通りだと思いました。
子どもたちの心を救いたいと思っていたのに、ノートを渡しているからと安心して、子どもたちから悩みを聞こうという姿勢がなくなっていました。
目の前の忙しさに追われ、常に問題が起きないように、起きないようにと予防線を張っていたことに気づきました。
そして、私は何のために教師になったのだろうか。と虚しくなりました。
私は何のために教師になったのだろうか。
一人でも多くの子どもたちの心の声を聞き、苦しんでいる子や助けてほしい子のお役に立ちたいと思ったのではないか・・・。
子どもたちの心を理解するためには、ノートに書かせるのではなく、教師自ら話をかけていくこと、日々の子どもたちの心の動きを敏感に感じ取ること、子どもたちの心から逃げずに、ぶつかっていくことが大切だと学びました。
それから、子どもたちの心から逃げない姿勢で、子どもたちと関わっていきました。
ある時、Aさんが泣きながら悩みを話してくれました。
Aさんに寄り添い、ぎゅっと抱きしめると安心した表情になり、前向きになっていきました。
そして、2学期終業式の日。
「先生、2学期ありがとうございました。3学期もよろしくお願いします。」
と明るい表情で帰って行きました。
Aさんとの心の絆が育まれている感じがして、とても嬉しかったです。
子どもの心から逃げないこと。
子どもの心を敏感に感じ取り、教師自らたくさん声をかけ、関わっていくこと。
子どもの心を受け入れて、心をぎゅうっと抱きしめること。
Aさんから教えてもらったことです。
コメントを残す